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マイク一本から始めよう。 〜ブループロジェクト 30周年記念ヒストリー〜

 著者 葛西敏明

episode 2-1

8、出会い

 

 危ない!!!

 靴底の固さと氷の硬さがまるでアイススケート場の効果を見せて、福島の寒空を仰いでいた。

 幸いうまく転んだみたいで、痛みは無いようだ、動かない俺を上から覗く 毛むくじゃらの男が手を差し伸べてくれたが、見ないフリをしてゴロリと転がって起き上がる。

                            橋の辺りは凍っててすべるから気を付けろよと、後ろの二人に言った途

                           端にツルリいってしまった様だ。

                            毎年、この寒い時期にチェーンを履いてこの町にやってくる、いつもの

                           ように夜着いて、ホテルの近くのラーメン屋であまり美味しくもないラー

                           メンを啜るのが、何故だか楽しみだ。

                            ラーメンを食べながら 軽く明日のディナーショーの段取りを確認する、

                           前回は本番前にミキサーにウイスキーをかけられて大変だった話と、今回

                           はいつも一緒に来ているバンドじゃ無い事、搬入が階段で電源も外から発

                           電機のケーブルを引き回さないといけないなど、ついつい話が弾んで店を

                           出た時には長い針が2周した頃だった。

 

 店を出ると、いつも愛想の良い青木は俺の前を確認する様にエスコートしてくれた、そんなことは全く気にもしてない もじゃもじゃ男 中居が、「ところで明日の歌手誰だっけ?」と聞いてくる。あれ?そう言えば全然聞いた事のない歌い手で、おまけに自分のバンドを連れてくるという。

 でも名前が出てこない、うーん俺だけ知らなくて有名なのか?と考えているうちに何気なくホテルを見ると、なんとデカデカと名前と似顔絵と言うか全身絵が描いてある。まるで昔の映画館の看板のようだ。

 

 3人でしばらく看板を覗き込み、この人知ってる?と聞いてみた。二人は大きく首を振った、考えるのはやめよう明日になれば分かる事だ。

 

 さっき見上げた星空が綺麗で、ホテルに入る前にもう一度 こっそり空を見上げることにした。

 

 

 

 ここのホテルのディナーショーは お世話になって5年目、いろんな歌い手さんが来た。

 今回はバンドも違うし歌手も知らない、不安いっぱいでリハーサルが始まった。

 

 その人は、帽子を目深に被って確かめるように歌っていた、声量はあるようだ表のスピーカーからも歌がよく聞こえていた。 もちろん中も十分、楽勝!と思った時「もう少しモニターください」えっ?結構出ているはずなんだけど?

 ステージに居たはずの中居が素早く俺の隣にきて、「音は十分なほど出てるけど本人はもっと欲しいらしいよ」少し苛立ってギュッと8dbもあげてやった。

 下げてくださいときっと言って来ると思い、フフンという表情でステージを見ると、目深帽子の女の子は中居に小さくオッケーを出していた。一瞬確認しに行こうかと思ったけど、思ったより楽曲が難しくてそれどころでは無い。そのあと彼女は丁寧に確認しながら、リハーサルが終わっていった。

 俺はこの時、彼女の実力の一欠片もわからないでいた。

 

 一回戦目は正直覚えていない、覚えているのは 凄いの一言だった、リ

ハーサルで目深に帽子をかぶっていた女の子は、着物を着ると別人のよう

に圧巻の歌声を会場中に響かせていた。

 歌い手が誰だか知らなくても、全然関係ないほど全ての空気を震わす表

現力、心臓ごとわしづかみにする様な、艶と響きを兼ね備えた音霊を次か

ら次へと繰り出していく。

 その姿は凛々しく、歌い終わった後は 真っ直ぐ前を見据えていた。

 

 広くは無い会場が冬だというのに酷く熱気に溢れ、気づくとスーツの上着

を脱いでしまっていた。アンコールは2回やっても収拾が付かず、慌てて

司会が終わりの合図を告げていた。

 

 いつもの様に 一回戦目の本番が終わって本人の控え室へ音の確認に行くと、少し年配の女性が出てきた、歳の割にはちょっと派手で小綺麗な方、音の確認をしたいので本人と話できますか?と言ったところ、すごく嬉しそうな顔をして控え室に招き入れてくれた。

 

 奥の方にちょこんと座っていた子が、こっちに気付いて慌てて帽子を被った。

「お疲れ様でした。モニターの音はどうですか?」と聞くと、少し訛った言葉で 大丈夫です と帰ってきた。

 この不思議な女の子と、もう少し話がしたくて少し付け加えることにした。「始まってお客が多くて響きがなくなった様だったから、少しリバーブを増やしました、後半は力強い曲が多くてバンドも音量が上がって来たから、リバーブを少し下げて、モニターの声を少しあげましたけど大丈夫でしたか?」

 今まで帽子を被って下を向いていた女の子が、帽子を外してこっちをしっかり見て、「ありがとうございます。とても歌いやすかったですが、次のステージはもう少し音上がりますか?」眼差しがステージ上の目に変わっていた。

 

 二回戦目も 大盛り上がりで、幕が降りた。

 

 帰りの車では内緒で録音しておいた今日の音源を会社に着くまでに3回聞いてしまった。

島田彩子さんか〜

 福島の澄んだ星空を眺めながら、何度も窓に向かってため息をしている俺の隣で中居は爆睡していた。

 

 後1年で30歳になる、誕生日の夜だった。

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2020年3月12日

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